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「誰かの手」 (二次創作)

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「その手に触れたい。有機質で温かいその手に。」
 


今回は「零 〜月蝕の仮面〜」に登場する亞夜子(あやこ)を描いた二次創作絵についてのおはなしです。
 


わたしの中では、版権絵を描くときには2種類のパターンがあります。他者には気持ちの問題にしか見えないと思いますが、単にキャラの絵を描いているときと、まさに二次「創作」として描いているときの2つに分けられます。

このブログでは後者の気持ちで描いた版権絵についても書こうと思っています。

ですので、二次創作が苦手な人、解釈地雷などがある方はこの記事を見るのはおすすめしません。また、ネタバレを含むのでその点に関しても注意してください。



この絵を描いていた頃のわたしは色々な描き方を模索していたときなので、横髪の描き方が特徴的です。
髪の毛はつむじから生えていることを意識して描くといい、というのが絵の描き方の定石なのですが、もちろんつむじから全ての髪の毛が生えているわけではありません。
頭頂部以外から生えている髪の毛もたくさんあります。つむじ一点を意識しすぎるのもだめなのです。
そこでわたしは、横髪の根元は正面から見えない、もっと後方の位置から生えている、と考え、このような描き方を試みたというわけです。今見ると変だなあ、極端な描き方だなあと思います。

人間をどのようにデフォルメして二次元の絵にするか。これはイラストを描く上で永遠の課題のような気がします。
 

他には、目にピンクで点を入れているのが特徴的ですね。黄色以外の色を使ってアクセントをつけています。また、ドリッピングで血のような雰囲気を出したりしています。
 
髪の毛は単調にならないように、髪の束ごとに濃淡をつけたり、ピンクを入れたりしています。
背景のグラデーションはあまり綺麗に出来ておらず、筆使いがバレバレなので、まだまだという感じがします。
 
 
この絵の下描きも残っていました。

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最初は縦長の絵にしようとしていたのでしょうか…
それとも単にノートが縦長だったからこのような下描きになったのでしょうか…
いずれにせよ、横長の絵にしてよかったと思います。
縦長だと亞夜子の身体にも目が行って、繋いでいる手が目立たなくなりますから。



さて、この絵の題材にした「零 ~月蝕の仮面」のおはなしに移ります。
零シリーズは和風ホラーゲームで、月蝕の仮面は第4作に当たります。和風ホラーゲームなのですが、月蝕の仮面では洋館と病院を主に探索するので、それまでの作品とは雰囲気が大きく異なっています。 和風のお屋敷のじめっとした暗い雰囲気より洋館の方が比較的明るく、恐怖感が軽減されるような気がして、個人的にはプレイしやすい作品だと思っています。もちろん、すべてが洋風というわけではなく、ちゃんとお屋敷も探索します。
また、声優さんも豪華で、能登麻美子さんや沢城みゆきさんなどが担当していらっしゃるので、その点でもおすすめです。


簡単に月蝕の仮面のストーリーを説明すると、10年前に神隠しに遭って記憶を失くした主人公たちが、その記憶を取り戻すために神隠しに遭った島に向かう、という話です。


その島には月幽病(げつゆうびょう)という風土病があり、記憶の喪失や人格の崩壊、自分の顔が歪んでぐちゃぐちゃになるように見える、などの症状が出ます。


亞夜子はこの月幽病患者のひとりとして療養所に入院していた少女の霊です。
ゴスロリ調の赤い服と、攻撃するときに、にゃーんと猫のポーズをしてくるのがとても可愛いです。「死んじゃえ」と言っているシーンがありますがそれもまたかわいいです。金色の目も素敵です。黒髪に金色の目、大好きです。

亞夜子は残酷で攻撃的な性格で、看護婦さんを刃物で傷付けたり、円香ちゃんという子を階段から突き落としたり、円香ちゃんのカナリアの首を鋏で切り落としたりと、なかなかの問題児です。

ですが、この性格にもきちんと理由があり、亞夜子は近親相姦によって生まれた子ということがゲーム内の日記などから匂わされています。誰の子なのかはここでは伏せておきます。
近親相姦により生まれた子は障害を持って生まれる可能性が高い、と言われていますが、亞夜子もそのひとりだったとわたしは考えています。

当然、近親相姦はタブーというのが一般的な認識なので、亞夜子の出自は島の人たちに分からないように隠されていたのだと思われます。ゲーム内でも亞夜子の名字は明言されていません。亞夜子自身、両親が誰であるかを知っているのかも曖昧にされています。
また、両親ともに色々な事情があり、家族で仲良く過ごすということはできなかったのだろうと思われます。


亞夜子のお部屋にはたくさんの人形の手がぶら下がっていて、彼女の狂気性を感じます。

ですが、その手は本当に狂気のみによってぶら下げられたのでしょうか。

彼女は親と手を繋げなかったから、その寂しさで手をお部屋にぶら下げたのではないか。と思って描いた絵です。ですので、絵の亞夜子が繋いでる手はよく見たら人形の手です。

これについては匂わすどころか全く資料もないので、わたしの想像に過ぎません。そういう意味で、この絵は創作的だと思うのです。



手を繋ぐという行為は、時に心も繋いでくれるような気がします。