はじめに

このブログの趣旨について。

 

 

 

ここではわたしが描いた創作絵の解説をしていこうと思います。昔の絵はどんな気持ちで描いていたのか忘れてきてしまっていますし、当時のメモもないので、振り返りの意味も込めて改めて記録していくつもりです。

 

 

ちなみにわたしの絵の基本コンセプトは「美しく、どこか悲しい」です。ここでの美しさとは絵の美しさではなく人物の生き方や感情のことです。優しい雰囲気の中にほんのりと寂しさが出せたらいいなあと思っています。

 

わたしは多くを語らずに相手に察してほしいという面倒くさいところがあるので、昔は絵から色々考えてほしいなあというスタンスで自分からは絵についてあまり語らずにいたのですが、わたしの絵を見てくださる人自体多くないですし、増してわたしの絵を見て深く考える人なんて稀だと近頃は思うようになりました。

 

それに、わたしの表現力が足りなくて伝わりきらないことの方が多いと思うので、文章にまとめてなるべくわかりやすい形で残そうと思った次第です。

 

既にお分かりかと思いますがわたしは文章を書くのが下手です。とても硬い文章になっていますね…子供の頃から自分の文章は冷たいなあと思ってました。

 

ですが、創作に関しては真面目に向き合いたいとも思っているので、基本的にこのトーンでいきたいと思います。

 

 

絵の中の子たちは、どの子もわたしから生まれた、自分の子供のような存在です。ここでのお話が彼女たちを好きになるきっかけになったら幸いです。

 

というと重いのですが、こいつこんなこと考えてるんだな〜とちょっと興味を持ってくだされば嬉しいです。

「喧騒と幻想」

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「祭りの高揚感」



この絵は初めて展示会に出した絵です。

そのため創作性より締切を意識していました。締切に向けて、描きたいな、と思ったものをなんとなく描いた、という感じです。



この絵で重視したのは遠近感と勢いです。
龍の身体や少女の足の描き方を見るとわかるかと思いますが、奥の足や尾は細く小さく描くことで遠近感を出しています。


意外と難しかったのは龍の配色です。赤一色では味気ないので、黄色を加えることにしましたが、どのように配色すればいいのか、かなり悩みながら塗っていました。


また、それ以上に目をどう塗るか迷いました。目に濃い色を乗せるべきか。ハイライトを入れるべきか。

目というものはその人物や生き物の全体の印象を決めるほど重要なものだと思っています。だからこそ、悩みました。

結局は、龍は想像上の生き物だから生き生きとしていないほうがいい、と自分を納得させて目の色は薄い虹色で留めました。

濃い色を乗せたらもう薄くすることはできませんからね。

そういう意味では逃げの判断とも言えるかもしれません。

画竜点睛を欠いた、と思うかどうかは皆様次第です。


背景は本当は提灯や灯籠などを描くつもりだったのですが、締切の関係で変更しました。

提灯や灯籠などを描くつもりだったならなぜ背景が暖色じゃないのか、と思われるかもしれませんが、
わたし自身、どうして寒色に変更したのかわからないのです…
多分、青が好きだから、そんな理由なのだと思います。

結果としては、メリハリが出て少女と龍に目線が向く絵になったので、青にして良かったと思います。


背景を塗る際には、ふわっと滲むように、水を前もって塗ってから色を乗せています。
そうすることでフチ、いわゆる水彩境界が出るのを防ぐことが出来ます。

水の量が多すぎると色がきちんと乗らないので難しいところです。


また、全体が完成した後、物足りない………と思い、スパッタリングをしました。
しかも今回はカラフルです。龍の目の色に迷う割には大胆なことをしてますね。
これでお祭りの賑やかさを少し引き出せたかな、と思います。

ちなみに、スパッタリングをする所を絵を描かない人に見られたのですが、ドン引きされました。(絵に何してるんだ…芸術ってよく分からない…)という顔をされました。


先も述べたように、この絵は締切重視で描いていたので、設定はあまりありません。
お祭りっぽいものを描きたいなあ、という気持ちから生まれた程度のものです。


この少女は神の遣いで、普通の人間にはその姿は見えません。

彼女が笛を吹けば、龍が舞い、お祭りが盛り上がります。

人間には神楽の演者によって、音色が聞こえたり、龍が舞うように見えているけれど、実はそこには神の遣いの力が宿っている、という設定です。


神の遣いらしさとお祭りらしさを出すために、紅白の紐でたすき掛けをし、鉢巻を巻いている容姿にしました。


横笛もなんとなく描きたいと思っただけなので、指遣い全然合ってないです…
指遣いより、指の柔らかさを意識して描こう、と思ったのもありますが……

ただ、全く持ち方が違ってはいけないだろうと思い、持ち方だけ調べました。


この頃は、資料をきちんと揃えて描くより、頭の中のイメージに任せて描いていました。
今は正確性を意識して、きちんと調べてから描くので、この頃の方が自由に楽しく描いていて良いなあ、と思ったりもします。


龍は、子供の頃に見た石見神楽や、長崎ランタンフェスティバルをイメージしながら描いていました。それもあり、この龍は生き物ではなくて、張りぼてという設定です。少女が笛を吹くことで命が宿り、舞うのです。


タイトルの「喧騒と幻想」は言葉遊びです。
ふっと単語が頭に浮かんできて、喧騒は人間、幻想は少女と龍に相当するなあ、と思ってこのタイトルに決めました。

ですが、締切に追われて結局喧騒らしさを描けなかったので、そこが反省点です。



お祭りと言えば花火大会を連想する方が多いと思います。
花火大会も楽しくて好きですが、賑やかさと同時に神聖さに満ち溢れた、お祭りはもっともっと好きです。

「氷柱の花嫁」

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青いバラにもうひとつの意味があったなんてあの時のあなたは知らなかったのでしょうね」


 

わたしは青いバラが好きで、ずっと青いバラの絵を描きたいと思っていました。
また、その気持ちが強かったのがちょうど6月だったので、ジューンブライドということで花嫁を描いてみようという気になって、この絵が生まれました。

 

ちなみに読みは「ひょうちゅうのはなよめ」だったりします。「つらら」じゃないです。


色を塗るときには、花嫁さんがベールをかぶっているので、ベールに覆われた部分は覆われていない部分よりも色を薄くすることを意識していました。

これはバラの葉っぱを塗る上でも気をつけていて、花嫁を閉じ込めている氷(氷に見えないと思いますが)の向こう側にある葉っぱは薄めに塗っています。


個人的に難しかったのはウエディングドレスです。ドレスのデザインと色塗りで悩みました。
デザインの方は、単調なドレスに見えないようにと考えた結果、フリルやリボンを付けました。
色塗りの方は、白いドレスを描くつもりだったので、影などを入れすぎて違うの色のドレスに見えないように気をつけて塗っていました。


毛先は今回もグラデーション。
グラデーションにすれば大体の絵は綺麗に見えるので、わたしはすぐグラデーションに頼ってしまいます。


また、最初に書いた通り、この絵はバラを描きたいと思って描いた絵なのでバラにはかなり力を入れた覚えがあります。

といっても、バラは描き方さえ覚えてしまえばサクサク描けます。
個人的には花びらの少ない花の方が難しいです。アサガオとかチューリップとか。

花びらの少ない花は、ひとつひとつの花びらの形をそれらしく描かないと、リアルに見えないからです。
バラは花びらの数が多いので、数枚変な形の花びらがあっても、よほど変でない限りそれらしく見えます。

線の多い下書きは上手く見えるのに1本の線にすると下手に見える現象と同じだと思います。線の数(=花びらの数)が多い方が絵の密度が高くなり、上手く見える、ということです。


また、バラが枯れ始めている(理由は後述します)ことを表すために絵の下の方に黄土色を入れていますが、バラが汚く見えないように注意して色を塗っていました。

今見ると、黄土色を入れなかったら、ただでさえ単調な絵がさらに単調になっていたと思うので、黄土色を入れて正解だったなあと思います。やはりグラデーションは強い。

 

 

一番大きな反省点は、この花嫁さんは氷に閉じ込められているという設定なのですが、当時は未熟すぎて、氷を上手く描くことができなかった点です。先に白いドレスの色塗りで悩んだと書きましたが、透明なものはもっと難しい。
今のわたしでも、描けるかと言われたら首をひねると思います。

 

 


さて、青いバラというのは、かつて作ることは出来ないといわれていました。

そもそも、バラには青の色素がないからです。

 

長年の研究の結果、遺伝子組み換え技術により青いバラが誕生しましたが、それでも青というよりは薄紫に近く、真っ青なバラは現在でも着色することでしか目にすることは出来ません。

そんなロマンあふれる青いバラが、わたしは好きです。

 



この絵には設定、というよりストーリーがあります。

 

絵の女性と結婚を約束した相手が、彼女に青いバラを贈った。青いバラ花言葉は「奇跡」。二人の出会いは奇跡、という意味を込めて贈られたものだった。

そんなある日、相手は仕事で海外に行くことになったが、事故に巻き込まれて帰らぬ人となった。

けれど彼女はそれを知らずにいつまでも待ち続けている。二度と帰ってこないだろうという不安を抱きながらも、帰ってくる可能性を信じて、いつまでも、いつまでも。

彼女は相手との子供をおなかに宿していているので、待ち続けるのをやめて死んでしまいたいと思っても、死を選べない。

彼女が死んでしまえば、相手の血を引いており、相手との目に見えた形でのつながりである子供という存在も、いずれ死んでしまうから。

彼女は待ち続ける痛みに耐えるために心を閉じ込めた。それが形となり、彼女自身が氷の柱に閉じ込められた。

けれど、それはコールドスリープではない。彼女は氷の中でもずっと思いを巡らせている。

青いバラには、「不可能」という意味もあるのだ、二人が永遠に共にいることは不可能なのだ、と。

それでも、彼女は待ち続ける。

 

 

 

絵に描かれているかごは揺りかごです。子供がいるという設定を考えた際に加えたモチーフなのですが、こんなの自分しかわからないですね。

中に入っているのは写真です。描き込んでないですが、この女性と相手の幸せな時間を切り取った瞬間が写し出されているという設定です。

 

 

バラが枯れ始めているのは、6月という設定だからです。一般的に、バラは5~6月が見頃とされているのですが、6月は少し花の盛りを過ぎ、徐々に枯れてくるので、あまり見頃ではないと個人的には思っています。

 

 

また、だんだん暑くなってくる時期なので、氷も溶けてきます。氷が解けたら、彼女は現実をその肌で感じ取らなければならない。そんな設定もあります。

 

精神によって生み出された氷が気温で溶けるのか?とか考えてはだめです。すべてはわたしの頭の中で作られているので絵の世界の論理はわたしが決めることです。なんか神っぽい。

 

 

待ち続ける花嫁というのは、天野月子さんの「ウタカタ」という曲にインスピレーションを受けた部分もあると思います。

 

 

 

下描きはこちら。

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完成系とほぼ変わらないです。

 

 

この絵はとても気に入っており、設定も細かく決まっているので、いずれリメイクしたいです。次に彼女を閉じ込めるなら、今度はクリスタルに閉じ込めます。

 

 

 

待ち続ける人って愚直だなあと思います。でも、そんなところに愛おしさを感じます。

「鎖縁」

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(オペラ、バーミリオンヒュー、セルリアンブルー)

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(シェルピンク・パーマネントイエローオレンジ・ホリゾンブルー)
 
 
「あなたが離れないように わたしが離れないように」



この絵は三色縛りをしてみたいと思って描いた絵です。
三色縛りとは、赤、青、黄の、色の三原色のみで絵を描くという、いわゆる縛りプレイです。

色の三原色について説明する必要はあまりないと思いますが、少しだけお話ししておくと、赤、青、黄の三つの色があれば、理論上あらゆる色を生み出すことができると言われています。

イメージしにくい方はプリンターのインクを想像して頂ければいいかと思います。プリンターのインクは基本的にシアン(C)、マゼンタ(M)、イエロー(Y)の三色とブラック(K)ですよね。(ブラックがあるのは、実際にシアン、マゼンタ、イエローで綺麗な黒を作るのは技術的に困難なためです。また、黒を表すために必要なインク量が減るというコスト的な面もあります)


しかし、当時のわたしは、自分には色の三原色のみで絵を描く技術がないと思い、任意の三色+無彩色(白、黒)での三色縛りもどきをすることにしました。
 
ちなみに、この絵は同じ下描きをトレスして線画を複製しています。アナログは大変です…
 
その下描きはこちらです。
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一枚目はオペラ(濃いピンク)、バーミリオンヒュー(朱色)、セルリアンブルー(空色)を使用しています。
まず、紫色を作りたくてオペラとセルリアンブルーを選択し、髪の色と肌の色を作るためにバーミリオンヒューを加えました。正直、こんなに綺麗な茶色が出せるとは思っていなかったのでびっくりしました。
また、目の上部の色や瞳孔がすごく綺麗な色になったと思います。わたし好みの雰囲気の絵になりました。


二枚目はシェルピンク(薄いピンク)、パーマネントイエローオレンジ(山吹色)、ホリゾンブルー(水色)の三色です。
二枚目は一枚目と雰囲気が変わるように意識して色を選びました。
一枚目には緑系の色味がないと感じたので緑系を作りたいと思うと同時に、髪色も一枚目とは大きく異なっている方がいいだろう、と思い、まずパーマネントイエローオレンジとホリゾンブルーを選択し、残りの一色は肌の色味を整えるためにシェルピンクを選びました。
ホリゾンブルーは緑を作る以外の用途ではほとんど使われていないです。一枚目と雰囲気を変えることは出来ましたが、三色全てを十分に活かしているとは言えないですね…



腐れ縁とは、現代では、離れようとしても離れない悪縁という意味で使われる言葉ですが、本来この言葉は「腐る」ではなく、「鎖」が由来で、鎖のように切ることのできない関係のことを指します。
つまり、腐れ縁ではなく、鎖縁なのです。
鎖縁、というと、あまりマイナスな意味には聞こえない気がします。


それを知り、誰かと強く繋がっていたい、という思いを込めて描いたのがこの絵です。
少女に手錠をさせたのは、目に見える形で繋がりを表現したいと思ったからです。
またリボンは、人と人を結ぶという意味で描いています。
(わざわざ文章しなくても伝わるかと思いますが…)

この絵は非常にシンプルかつストレートに「繋がり」を表現していると思います。
その分、着色で試行錯誤しましたし、同じ構図の絵を二枚描いたので、すごく印象に残っている絵です。



相手と心が繋がっていても、世の中に流されてお互いが離れてしまうこともある。だから、手錠をして、永遠に離れないようにしたい。そう夢想する人は、決して少なくはないと思っています。

 

 

皆さんとこれからも繋がっていられますように。

「海月姫」

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「傷付くことを恐れずわたしに触れてほしい」



この絵はクラゲを描きたいという思いと、せっかく透明水彩を使っているのだから、絵の具の特徴を活かしたい、思いが組み合わさってできた絵です。

 

この絵は漫画の「海月姫」とは関係ありません。ちなみに漫画の存在は絵を描いてから知りました。

 


わたしはキノコの見た目が苦手です。クラゲもキノコと似ているため、本当は苦手です。でも、水族館でライトアップされているミズクラゲなどはとても幻想的で、遠目に見る分には好きです。
あの彩りにあふれたクラゲを自分でも描いてみたくて、この絵ではクラゲに様々な色を乗せています。
わたしは実在する生き物などを描く時には基本的に写真の資料を集めて、それを参考にして描くのですが、この絵を描くためにクラゲを調べる時かなり勇気を振り絞った記憶があります。

 

クラゲの生態は謎めいた部分が多く、創作するのにはうってつけなので、いつかまたクラゲの絵を描きたいと思っていますが、その時はまた辛い思いをしながら画像検索するのでしょうね…


わたしはこの絵を描いた頃に塩を使う技法を知り、実際に画面に塩を撒いてみました。
料理する気?とか、除霊でもするの?と思うかもしれませんが、実は色を塗って乾かないうちに塩を撒くと、塩が水を吸って、結晶のような綺麗な模様ができます。

塩はどんな塩でも構いません。わたしが使ったのもキッチンにあった普通の食塩です。ただ、粒が細かい方がいいらしいので、粗塩は向かないかもしれません。

塩の種類よりも塩を撒くタイミングの方が大事で、画面の水分が多すぎたり少なすぎると、塩が上手く水分を吸ってくれません。
塩を撒いてずっと放置していると、塩が紙から剥がれなくなって、砂のような質感になってしまうので、その点も注意です。描く絵によってはその方が良い味が出せるのかもしれませんが…


この絵では塩が上手く水を吸ってくれなかったどころか、塩を紙から落とす時に紙の表面も剥がれてしまいました。女の子の両脇にいるクラゲを見ると分かるかと思います。大失敗です。
というか、透明感を出したいのに塩を使う時点で失敗してるようなものなんですけれど……挑戦は大事ですが、ちょっと無計画すぎました。


もう少し上手くいくとこんな感じになります。

 

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特にハートの絵は、偶然にも、ハートの真ん中がひび割れているような絵になって感動しました。水彩は偶然によって面白い画面になることがあるので楽しいです。



わたしはクラゲに刺されたことはありませんが、クラゲに刺されると痛いとか、死に至るほど強い毒を持つクラゲもいると聞きます。

それは捕食や自己防衛のためなのですが、自分が生きるために他の何かを傷付けるというのは、過酷な自然環境の下で生きるには仕方ないことなのでしょうが、悲しい生き方のような気もします。


もしクラゲが人間のような心を持っていたら。傷付くことを避けるために、自らが誰かを傷付け、かえってクラゲ自身の心が傷付いていくのではないか。そして、それを知りながらも、傷付けずにはいられない。そういう生き方しか知らないから。

わたしに触れると傷付くから触れないで、でも本当は触れてほしい、そんな絵です。

 

 

この絵はラフも下描きも残っていました。

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タイトルは絵を完成させた後に決めました。

クラゲを漢字で書くと「海月」ってすごく素敵だなあ、と思って漢字表記にしています。海月「姫」というのは、人魚姫的な意味を込めて付けました。ラフの方に書かれた文を見ると、人魚姫を意識していることがよく分かりますね。

 

 

これはこの記事を書く上で改めてクラゲについて調べている時に知ったのですが、クラゲの触手は刺激を受けると反射的に棘を射出してしまうらしいです。

つまり、相手を傷付けないようにしたくても、出来ないということです。

 

この絵を描いていた当時のわたしはそんなことは知らずに、この子は運命に逆らうことは出来ないから、相手を待つしかないんだよなあ、とぼんやり思いながら描いていたのですが、このことを知って、わたしの考えは間違っていなかった、と思って少しテンションが上がりました。

 

 

 

変えることのできない運命に対し、それでも抗うか、仕方ないと諦めるか、助けが来ると信じるか。どれが正しいのでしょう。

「擬態」(二次創作)

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今回は「魔法少女まどか☆マギカ」のスピンオフ作品、「魔法少女かずみ☆マギカ 〜The innocent malice〜」に登場するユウリ様を描いた二次創作絵についてのおはなしです。



前の記事同様、二次創作が苦手な人、解釈地雷などがある方、ネタバレが苦手な方は注意してください。



この絵を描いた当時の感情は、割と今でも覚えています。
当時、ユウリ様の髪の毛のグラデーションは上手くいったなあ、と自画自賛していました。今見たらそうでもないのですが……

この絵は背景でものすごく失敗しました。
濃い色にしたいと思うあまり、絵の具をほとんど水で溶かずに塗っていたので、透明水彩の良さを全く活かせていません。
今より未熟な当時ですら失敗した、と感じていましたから、今は尚更見苦しくて仕方ないです…

また、わたしの絵を他にもいくつか見ている人はわかるかと思うのですが、わたしは画面に物足りなさを感じたらすぐドリッピングに頼ってしまいます。
この絵でも様々な色でドリッピングをしているのですが、その結果画面が汚くなっています……

ですので、総合的に見てこの絵は失敗作です。まあ、これもひとつの経験ですね…



では、「魔法少女かずみ☆マギカ 〜The innocent malice〜」について簡単に紹介します。
この作品は、タイトルの通り、かずみという少女が主人公です。
彼女は「かずみ」という名前以外の記憶を失くしており、とある事件に巻き込まれた際に自分は魔法が使えるということに気付きます。その後、記憶喪失以前に一緒に魔女と戦っていた、プレイアデス星団というチームのメンバーと再会し、共に戦ううちに、かずみの謎が次第に明らかになっていきます。


かずみマギカは読者がまどマギのストーリーを知っている前提で話が展開していきます。
まどマギは知名度が非常に高いのでわたしが説明する必要はないかと思いますが、もし知らない方のために、そしてかずみマギカを読む上で押さえておきたい設定をまとめておきます。

・少女がキュゥべえと契約すると魔力の源であるソウルジェムが生み出され、魔法少女になる
・願いを1つ叶えて貰う代わりに魔法少女となり魔女と戦う使命を課されるという契約
・魔力の使いすぎや負の感情によりソウルジェムには穢れが溜まっていく
ソウルジェムの穢れを取り除くには魔女を倒しグリーフシードを手に入れる必要がある
ソウルジェムが穢れきってしまうと魔法少女は魔女になる


これを踏まえた上で、かずみマギカの設定を見ると、かなり違う点があります。

キュゥべえではなくジュゥべえという存在が出てくる
・ジュゥべえがプレイアデス星団のメンバーを魔法少女にした
ソウルジェムの穢れをジュゥべえが浄化する
・一般人が魔女のような存在に変化することがある(倒されると元の姿に戻る)

あれ……?設定が違う…?となった方が多いと思います。
しかし、基本的な設定はあくまでもまどマギと同じで、ストーリーを全て読むとその謎が解けます。まどマギを観た人にこそ読んでいただきたい作品です。



話が大分遠回りになってしまいましたが、ユウリ様の話に移ります。
ユウリ様はプレイアデス星団の敵として登場します。その目的は彼女たちへの復讐です。なぜユウリ様は復讐をしようとしたのか。その理由は過去に遡ります。


難病により余命3ヶ月を宣告された杏里あいりという少女は、その運命に絶望していました。そんな中、料理が上手で、あいりの唯一の親友である、飛鳥ユウリがあいりにお守りとして金色のスプーンを渡し、どこかへ行きました。その後何故かあいりの病は完治し、あいりはお守りのおかげだと解釈しました。

後日、あいりはお守りをユウリに返し、ユウリは料理コンクールに出場しました。しかし決勝戦でユウリは突如姿を消してしまい、ユウリを探しに行ったあいりは魔女空間に迷い込んでしまいました。
魔女があいりを襲おうとした瞬間、プレイアデス星団(ちなみに当時は6人でかずみはいません)が現れ、魔女を倒し、あいりは自分を守ってくれた彼女たちに感謝しました。

プレイアデス星団が去った後、あいりはその場にユウリの金色のスプーンを発見します。そこにキュゥべえが現れ、あいりに真相を告げました。

魔女の正体がユウリだったこと。ユウリの願いはあいりの病気を治すこと。そして、魔女と戦うかたわら、難病の子を治療し続けていたため、魔力の消耗が激しく、ソウルジェムが穢れきって魔女化したこと。

それを聞き、あいりはユウリを殺したプレイアデス星団に感謝してしまったことを嘆くとともに、彼女たちに復讐するために、ユウリの命を引き継ぐ=ユウリになるという願いでキュゥべえと契約しました。

つまり、ユウリ様の正体は、飛鳥ユウリではなく、別人の杏里あいりだったのです。


そして、わたしが現在のユウリ(元:杏里あいり)のことをユウリ「様」と表記していた事に、皆さん気付いていましたか?実はちゃんと書き分けています。

この呼び方の理由は、現在のユウリが作中で自分のことを「ユウリ様」と言っているからです。飛鳥ユウリと現在のユウリは衣装が違うのですが、ユウリという文字だけではどちらなのか分からないので、ネットなどでは、現在のユウリは様付けで呼ばれることが多いです。


結局、作中でユウリ様は復讐を遂げる前に魔力を使い果たして魔女化してしまいます。その魔女には心臓が2つ………理由はお分かりかと思います。



この絵のユウリ様の横に積まれている髑髏は7つ。プレイアデス星団の人数と同じです。
つまり、この絵はユウリ様がプレイアデス星団へ復讐を遂げたifの世界なのです。
髑髏がお皿に乗っていたり、フォークが刺さっているのは、ユウリが料理上手だったということもありますが、かずみマギカの中で、料理や食事は重要な意味を持つからです。
 
 
しかし、もしユウリ様がプレイアデス星団への復讐に成功していても、いつか、本物のユウリは復讐を望んだだろうか、と考え、絶望したのではないでしょうか。
それに、プレイアデス星団もユウリもいなくなった世界で、彼女には何も残らないのではないでしょうか。
あるいは、そんなことを考える間も無く魔力を使い果たして魔女化していたかもしれません。
 
 
「アタシがなったのは本当にユウリだったかな」
 
いつもは記事の冒頭にサブタイトル的な一文を書いていますが、今回の文はネタバレ丸だしので冒頭には書きませんでした。
 

この絵の下描きはこちらです。

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この絵は構図にとても苦労した記憶があります。
 

まず、ユウリのポーズで悩みました。頭の中ではユウリは最初から完成した絵と同じポーズで、絶望して膝をついているという設定でしたが、これでは衣装の構造がわかりにくく、衣装の魅力が伝わらない、と思い、変更するべきか悩んでいました。

しかし、わたしが表現したいのは外見ではなく中身であり、衣装より感情面を描きたかったので、このポーズのままにしました。

ちなみに、かずみマギカに出てくる魔法少女は、大体服の露出度が高いです。ユウリの衣装は特に露出度が高いです。
かずみに至っては1話冒頭から全裸で登場しますが…


また、ポーズが確定したあとも、帽子をどう配置するかですごく悩みました。頭に被せたいけれど、そうすると顔が見えにくくなってしまいます。
また、作中でも、ユウリ様が帽子をかぶっている間は、彼女の顔がはっきりわからず、プレイアデス星団にとってユウリ様は謎の魔法少女という認識だったのですが(おそらく衣装が飛鳥ユウリと現在のユウリでは違うため気付かなかった)、帽子をとって顔が見えたとき、ようやく彼女たちは謎の魔法少女=死んだはずのユウリだと気付きました。
ですので、わたしは帽子をかぶっているかどうかは大きな違いだと考え、この絵の中の少女はあくまでもユウリ様であって、謎の魔法少女ではない、ということを強調するために、帽子をかぶせないことにして、帽子は風で飛ばされたという設定にしました。その結果、髪の毛も風になびいている構図になり、画面全体のバランスが良くなりました。



何かに希望を抱いた分、何かに絶望する。

「誰かの手」 (二次創作)

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「その手に触れたい。有機質で温かいその手に。」
 


今回は「零 〜月蝕の仮面〜」に登場する亞夜子(あやこ)を描いた二次創作絵についてのおはなしです。
 


わたしの中では、版権絵を描くときには2種類のパターンがあります。他者には気持ちの問題にしか見えないと思いますが、単にキャラの絵を描いているときと、まさに二次「創作」として描いているときの2つに分けられます。

このブログでは後者の気持ちで描いた版権絵についても書こうと思っています。

ですので、二次創作が苦手な人、解釈地雷などがある方はこの記事を見るのはおすすめしません。また、ネタバレを含むのでその点に関しても注意してください。



この絵を描いていた頃のわたしは色々な描き方を模索していたときなので、横髪の描き方が特徴的です。
髪の毛はつむじから生えていることを意識して描くといい、というのが絵の描き方の定石なのですが、もちろんつむじから全ての髪の毛が生えているわけではありません。
頭頂部以外から生えている髪の毛もたくさんあります。つむじ一点を意識しすぎるのもだめなのです。
そこでわたしは、横髪の根元は正面から見えない、もっと後方の位置から生えている、と考え、このような描き方を試みたというわけです。今見ると変だなあ、極端な描き方だなあと思います。

人間をどのようにデフォルメして二次元の絵にするか。これはイラストを描く上で永遠の課題のような気がします。
 

他には、目にピンクで点を入れているのが特徴的ですね。黄色以外の色を使ってアクセントをつけています。また、ドリッピングで血のような雰囲気を出したりしています。
 
髪の毛は単調にならないように、髪の束ごとに濃淡をつけたり、ピンクを入れたりしています。
背景のグラデーションはあまり綺麗に出来ておらず、筆使いがバレバレなので、まだまだという感じがします。
 
 
この絵の下描きも残っていました。

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最初は縦長の絵にしようとしていたのでしょうか…
それとも単にノートが縦長だったからこのような下描きになったのでしょうか…
いずれにせよ、横長の絵にしてよかったと思います。
縦長だと亞夜子の身体にも目が行って、繋いでいる手が目立たなくなりますから。



さて、この絵の題材にした「零 ~月蝕の仮面」のおはなしに移ります。
零シリーズは和風ホラーゲームで、月蝕の仮面は第4作に当たります。和風ホラーゲームなのですが、月蝕の仮面では洋館と病院を主に探索するので、それまでの作品とは雰囲気が大きく異なっています。 和風のお屋敷のじめっとした暗い雰囲気より洋館の方が比較的明るく、恐怖感が軽減されるような気がして、個人的にはプレイしやすい作品だと思っています。もちろん、すべてが洋風というわけではなく、ちゃんとお屋敷も探索します。
また、声優さんも豪華で、能登麻美子さんや沢城みゆきさんなどが担当していらっしゃるので、その点でもおすすめです。


簡単に月蝕の仮面のストーリーを説明すると、10年前に神隠しに遭って記憶を失くした主人公たちが、その記憶を取り戻すために神隠しに遭った島に向かう、という話です。


その島には月幽病(げつゆうびょう)という風土病があり、記憶の喪失や人格の崩壊、自分の顔が歪んでぐちゃぐちゃになるように見える、などの症状が出ます。


亞夜子はこの月幽病患者のひとりとして療養所に入院していた少女の霊です。
ゴスロリ調の赤い服と、攻撃するときに、にゃーんと猫のポーズをしてくるのがとても可愛いです。「死んじゃえ」と言っているシーンがありますがそれもまたかわいいです。金色の目も素敵です。黒髪に金色の目、大好きです。

亞夜子は残酷で攻撃的な性格で、看護婦さんを刃物で傷付けたり、円香ちゃんという子を階段から突き落としたり、円香ちゃんのカナリアの首を鋏で切り落としたりと、なかなかの問題児です。

ですが、この性格にもきちんと理由があり、亞夜子は近親相姦によって生まれた子ということがゲーム内の日記などから匂わされています。誰の子なのかはここでは伏せておきます。
近親相姦により生まれた子は障害を持って生まれる可能性が高い、と言われていますが、亞夜子もそのひとりだったとわたしは考えています。

当然、近親相姦はタブーというのが一般的な認識なので、亞夜子の出自は島の人たちに分からないように隠されていたのだと思われます。ゲーム内でも亞夜子の名字は明言されていません。亞夜子自身、両親が誰であるかを知っているのかも曖昧にされています。
また、両親ともに色々な事情があり、家族で仲良く過ごすということはできなかったのだろうと思われます。


亞夜子のお部屋にはたくさんの人形の手がぶら下がっていて、彼女の狂気性を感じます。

ですが、その手は本当に狂気のみによってぶら下げられたのでしょうか。

彼女は親と手を繋げなかったから、その寂しさで手をお部屋にぶら下げたのではないか。と思って描いた絵です。ですので、絵の亞夜子が繋いでる手はよく見たら人形の手です。

これについては匂わすどころか全く資料もないので、わたしの想像に過ぎません。そういう意味で、この絵は創作的だと思うのです。



手を繋ぐという行為は、時に心も繋いでくれるような気がします。